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なつかしき選手たち

50thpartyこのあいだ、某社会人野球チームの創部50周年パーティに行って来た。
組織改編ですでに昔の名前でのチームは存在しないのだけど、その絆はとても強く、メンバーや関係者で50周年を祝うということ。
実は、私は12才から18才までと、20代の数年を、今はなきこのチームの合宿で選手達と寝食を共にしたのだ。

母が選手たちのお世話をする仕事をしていたので、まさに同じ釜の飯を食ったわけ。
当時の宿舎=合宿所と呼ばれていたところは、広い敷地に平屋の長細い建物で、選手達は8畳から12畳の部屋に2〜3人づつの共同生活。もちろんトイレも共同。風呂はなし。隣が銭湯だったので、バスタオルを巻いただけで帰ってくる選手もいた。
そして、運良く?女湯側に面していたので、みんな塀越しによく覗いていたっけ。(^o^)

パーティで最初に壇上に上がったのは、私がいた当時の監督。“カミソリ○○○”と呼ばれ、シャープな采配で手腕を買われた人だった。
かなりお年を召されたけど、久々に元気なお顔が見られてうれしかった。マイクの前で第一声『こんにちわ!!』
それに答えて会場中で『こんにちわ!!!』
ああ、運動部。(^o^)めちゃめちゃ懐かしい。
髪が白かったり薄かったり、お腹が出てたりと風貌は変わっても、スポーツ魂というのはそのまま。

私はみんなに可愛がってもらい、チーム全員が兄のようだった。
休みの日には映画に連れて行ってもらったり、ご飯食べに行ったり、時にはデートにもお邪魔した。酒好きの彼女と近所の居酒屋で飲むからと、何故か中学生の私も誘われてつまみを食べながらジュース飲んでたり。そのままその彼女と結婚した、二枚目の足の速い外野手だった。
そうかと思えば、ファンなのか片想いなのか、私に電話をかけてきて、花束を預かった事がある。後にマネージャーになった優しい選手へのプレゼントだった。
あ、そうそう藤岡弘似のハンサムが入ってきたけど、ほとんど合宿にいなくて、たまに見かけるとすごい派手なジャケットを着てグリーンのスポーツカーにひらりと乗って走り去っていく姿だったり。運転席にはもちろん、きれいなおねーさん。

その藤岡弘は、ずいぶん恰幅が良くなっている。相変わらずニヒルな感じ。
一緒にいたのは、当時もいつもそばにいた選手だった。話すと一挙に時間が縮まる。私は中学生になり、彼らは血気盛んな現役に。

宿題をやりかけて放っておいたら、いつの間にか出来上がっていた事がある。ずうっと野球ばっかりやってきて、お勉強はほとんどしていない選手たちの中に、たまーに、推薦でなくちゃんと受験して大学に入った人もいたので、たぶんそのインテリ選手だったんだろうなぁ。
小学生の時一番好きだった投手は、私が風邪で寝込んでいたら添い寝してくれて、すごくうれしかった覚えがある。

場内が暗くなり、50年の歴史がモニターに映しだされる。
当たり前だがみんな若い。自分と同じ時間が流れていると思うと、胸の中が熱くなってくる。

都市対抗で二度優勝したけれど、私が一番忘れられないのは、注目のエース同士が投げ合った準決勝だ。
どちらも勝った方が優勝と言われ、2人のエースはプロ野球から熱いラブコールを受けていた。結果は残念ながら負けたが、とってもいい試合だった。
翌日から、合宿所には毎日スポーツ紙の記者が押しかけてきた。初めての経験でびっくりし、なんかワクワクしていた覚えがある。当のエースは捕まると困るので姿をくらましていたが、彼は外見に似合わずとてもロマンチストだった。星空を見上げて『あの空の向こうにさぁ、きっとなんかがあると思うんだ。なんだかわからないけど…。』と言っていたのを思い出す。
翌年、彼は中日に、対戦相手のエースは大洋に入団。うちのエースは短命だったけど、大洋のエースは長い事活躍して、今でもテレビで解説者として売れている。

パーティも終盤に近づき、壇上には歴代の芸達者たちが並び余興が始まった。
先輩の歌う「ごめんね」(小林旭)に、10数人がバックコーラス。若い選手はこんな歌知らないだろうに、代々伝えられてきたらしくちゃんと『わわわわ、わわわわ、わ』とやっている。
締めは万歳三唱。
こういうノリは久々だけど、すんなりととけ込める。三つ子の魂百まで。(^o^)

とっても楽しかったけど、実は会いたかった人のほとんどが来ていなかった。
一見静かでまじめそうだけど、意外にお茶目なところのあった遊撃手、飄々とした魅力の投手、毎晩人一倍素振りをした努力が実り、数年後に四番打者になった外野手…みんな元気にしているかなぁ。
松山にいるキャプテンで四番だった捕手は、『100周年には行くからさ、みんなによろしく言っておいて。』と前の晩に電話で言われた。一緒に来ようと思っていたのに…。
これ、叔父。
当時よく遊びに来ていた私の叔母にひと目ぼれ、押して押して押しまくってゲットした。野球も恋も粘り勝ち。(^o^)

北から南から集まった選手達、一年で挫折して辞めていく者、地道な努力が実って主力になった者、グランド以外で活躍しすぎて、あちこちで女の人を泣かせていた者、孤高のインテリで指導者になった者…本当に色々な青春がそこにはあった。
成長期にこういう得難い経験をできたことを、いまさらながら感謝したい。私の人間形成に、どれだけ良い種を蒔いてくれたか…。
ありがとう!そして、これからもずうっと!

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